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なぜ全碁協か

2014年10月20日 16:27

なぜ全碁協か

内久根孝一(いずみ囲碁ジャパン)

 もう二十年も前(現役時代)、私は「碁会所の日本列島縦断」を画したことがあった。全国を碁会所で埋めたら、いつ、どこへ行っても碁が打てる。当然、それは普及にも大きくつながるはずだ……。

 東京八重洲を皮切りに、金沢、仙台、京都、大阪と次々に作っていった。ところが、好事魔多し、バブル崩壊。金融機関は巨額の不良債権を背負い込み、「そんな場合か」と、せっかく作った碁会所は全店閉鎖の憂き目に遭う。

 私は意地も手伝って代表格の八重洲を個人で買い取り、「いずみ囲碁ジャパン」を設立した。しかし普及という観点からすれば、一店だけではとうにもならない。碁界に何も貢献できないのではないか、焦燥、諦め、悔しさ、何か対策はないのか。

 そんな折も折、あのレジェンド菊池康郎氏が日本碁界の現状に危機感を持ち、全国(これが大事)組織を立ち上げた。まさに神の配慮というべきか。私は双手を挙げて参加を表明した。

 現在、設立早々ではやむをえないが、組織体制は不十分。運営財源も不十分。私は発起人菊池、桑原氏に、「体制が整うまで事務全般を当社で引き受けましょうか」と申し出て了承された。

 さいわい、全碁協は一歩一歩前進している。さらに今般ホームページが開設され、多くの人が参加しやすくなった。次は全国各地域で本会の趣旨を理解し、情熱をもって賛同し、そして行動していただける有志同志を糾合すること。こぞって立ち上がり「日本の碁」復活の狼煙を上げたい。

囲碁の医学的効用(4)

2014年10月20日 16:25

囲碁の医学的効用(4)

東京都立神経病院 飯塚あい

 囲碁の魅力、それはゲームそのものの面白さだけに留まるものではありません。このコーナーでは囲碁の魅力を通じて社会に与える影響、なかでも医療にどう役立つかということについて、私の考えをお伝えしていこうと思います。

 これまでの記事で、囲碁が世代や肩書きを超えて、周囲とのコミュニケーションを図る最高のツールであることをお伝えしました。今回は、私が最も「囲碁療法」の効果があると考えている疾患、認知症についてお話ししたいと思います。

 認知症とは、色々な原因で脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったために様々な障害が起こり、日常生活や社会生活に支障が生じる状態を指します。症状としては、物忘れ、理解判断力の低下、注意集中力の低下、性格の変化、道に迷ったり日付がわからなくなることなどがあります。

 認知症というのは、ひとつの疾患のことを表しているものではなく、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レピー小体型認知症、前頭側頭型認知症などいくつかの分類に分けられ、原因もそれぞれ異なります。

 特に患者数が多く問題とされているのが、アルツハイマー型認知症です。初期は軽度の物忘れから始まり、進行すると人格の変化や異常行動が目立つようになり、正常なコミュニケーションをとることができなくなります。治療法としては、症状を和らげたり、進行を遅らせる薬がいくつかありますが、いずれも効果が目覚ましくないのが現状です。そこで、今日では世界中の医師、研究者から認知症の予防に焦点が当てられています。

 認知症の予防には、脳の前方にある前頭葉の一部である前頭前野を活性化することが有効であるという報告があります。前頭前野とは、人間が人間らしくあるための最も重要な機能を司どる部分であり、思考力、コミュニケーション力、注意・集中力、意思決定をする能力などの役割があります。認知症患者さんは、この前頭前野の機能が低下しているのです。そこで、前頭前野を活性化することが、認知症の予防に効果があるのではないかと言われています。

 現在、前頭前野を活性化するツールとして、簡単な読み書き、計算、パズルゲーム、料理、旅行、音楽、園芸など様々な取り組みがされています。その中でも、カナダの研究者たちによって、パズルゲームが認知症の予防に有効であるという結果が発表されました。そこで考えられるのが「囲碁療法」の可能性です。囲碁はパズルゲームに似ており、加えてさらに高度な能力が必要なゲームです。そのことから、認知症の予防に有効なのではないか、と私は強く思います。

 とある日本の調査では、認知症の予防のために活用したいツールについて、人気が高かったのは麻雀や囲碁などの卓上ゲームであり、特に男性では六十一%と高い結果となりました。効果を得られる可能性が高いだけでなく、プログラムに取り組む意欲も得られるのではないでしょうか。

 次回は、なぜ他のゲームではなく囲碁なのか、囲碁ならではの特徴と、脳の機能に対する影響についてお伝えしていきたいと思います。

囲碁史散歩(4)

2014年10月20日 16:25

囲碁史散歩(4)

囲碁史会会員 光井一矢

 今回は徳川家康と碁敵について紹介する。家康とよく囲碁の記述があるのが、細川幽斎、伊達政宗、そして浅野長政である。

 特に家康と長政の対局に関するエピソードには面白い話がある。「武辺雑話」に二つ載っている。

 あるとき、長政と対局していた権現様(家康)は形勢芳しからず、かなり機嫌を損じている様子。そこで、長政の末子である釆女長則が本因坊(算砂)に迎えを出して観戦させた。

 権現様は本因坊を見つけると、手招きしてこういった。「わしらの碁はどうじゃ。この石をハネたらどうじゃ。それよりほかに手はなかろう」と。本因坊は答えた。「おハネなさるよりありません」

 そこで、権現様はハネを打って、その碁を勝ち機嫌がなおった。一方、長政は大いに怒り、本因坊を次の間へよびだし脇差に手をかけ「へんなところへその方がしゃしゃり出で、わしは碁を負けた。重ねて助言しようものなら斬って捨てるぞ」と詰め寄った、というもの。

 もう一つは、別の日、屋敷の庭前に毛氈を敷き、両者はその上で碁を囲んだ。立会いの算砂は「日が当たり、まぶしいですから」と断って日除け傘をさした。その傘には、あらかじめ小さな穴が空けられており、家康が石を打つべきところへ穴からの日差しで示す。家康は算砂の意図をさとり、そのとおりに打って勝つことができた。長政は不興千万に思い悔しがったが、家康は算砂に「お前は頭が良い」といってほめたという。

 長政が悔しがれば悔しがるほど、家康はカサにかかって追いつめた。長政が失着を重ねるたびに「待った」を許してやり、長政が投げようとすると、「こまかい、こまかい」といって投了をみとめない。最後まで打って、結局五十目以上の大差で勝つこともあった。

 長政が死んだとき、家康はしばらくの問、碁を打たなかったと言われている。

 綱川幽斎も家康と囲碁の記述を多くのこしている。家康主催の碁会には幽斎はほとんど出席しているし、幽斎自身もかなりの回数碁会を催している。

 幽斎の没後も三日間、囲碁将棋を差し止めている。ライバルがいなくなるとこうして喪に服したのだろう。幽斎は遺言で愛用の盤石を家康に譲っている。

 家康と囲碁のライバルではないが、囲碁を嫌っていたという人物では石田三成が有名である。

 あるとき両者は伏見から船に乗り、大阪の前田利家の館へ向かった。その船中で囲碁を打ったという。その船中で囲碁を打ったという。その席には、浅野長政をはじめ、福島正則、池田輝政、黒田孝高(如水)、加勝清正、藤堂高虎らがいた。後の関ヶ原合戦で東軍として戦う面々である。そこへ石田三成がひょっこり顔を出したので一同すっかり興醒めしたという。

 家康は囲碁で人の和を広げたが、三成は囲碁をしなかったので孤立してしまったという話まであるぐらいである。

 織田信長、豊臣秀吉の囲碁の記録に関しては、伝説的な要素が強く、後生の創作であるとされるが、家康に関しては多くの記録から本当に囲碁が好きであったことがわかる。

 次回は織田信長の伝説について述べる。

脳梗塞と囲碁

2014年10月20日 16:24

脳梗塞と囲碁

表谷泰彦

 日本経済新聞で文化部や社会部の記者を務めた私は、後半の二十数年を囲碁将棋の担当記者として過ごし、平成十三年六月に満六十歳の定年を無事迎えた。ところがその二年後の九月、突如異変に見舞われる。

 その日、横浜市栄区の碁会所で正午過ぎから席亭のSさんと碁を打っていた。いつもは接戦ながらわずかに分があるはずなのに、二局続けて全く良い所が無い完敗。「これは変だな」と思いつつ、三局目を始めた途端に、右手と右足にマヒが生じ、石を持てなくなった。Sさんの一一九番通報で鎌倉市内の病院に運ばれる破日に。診断は脳梗塞で即入院となった。幸い一ヶ月程で退院できたが、十一年後の今も右手、右足の不自由が続いている。

 健康維持のため始めた草むしりや野菜づくりも、椅子に座っての左手だけの作業。碁や麻雀も然りで、今や一人前のサウスポーだ。ただペンと箸だけは左手では無理で、痛みとふるえをこらえて右手を使っている。パソコンは碁を打つ機械ぐらいに思うアナログ世代の私には、パソコンでの原稿は抵抗が大きすぎるのである。

 発病後も日経で囲碁観戦記を書かせてもらっており、解説はすべて福井正明九段に頼み、原稿のチェックまでお願いしている。脳をやられた私が大過なく観戦記を続けてこられたのも福井先生あってのことと深く感謝している。

 また、発病後小杉勝八段と親しくなり、五年ほど前からは月に一度、家内(七子局)ともども碁を打ってもらっている。「いくら考えてもいいですよ」との厚意に甘え、三子局で全力を注いで立ち向かうため、二時間以上かかることも珍らしくない。勝てるのは年に二局か三局しかないが、ヘトヘトになるまで力を出しきった碁は、負けても気分は爽快で、何よりの精神的リハビリになっている。年に数回、東京や横浜で福井、小杉両先生と一諸に呑むのは、私にとって至福の時なのである。

 定期的に脳外科と内科の診療を受けているせいか、ヨタヨタ歩きの不自由さを別にすれば健康面での心配はない。酒もタバコも止めないのに、血液検査の数値も発病前より良いほどだ。これが正に一病息災なのだと思っている。

 七十三歳まで馬齢を重ねてこれたのは、私の身を案じてくれる愚妻と二人の娘の存在、それに右半身の不自由さを忘れさせてくれる囲碁のおかげだろう。

 囲碁三味を満喫した人生に思い残すことは無く、いつお迎えが来ても、と思っていた。ところが今年五歳と四歳になった孫の顔を見ると、せめて二人が小学校を卒業するまでは、との欲が出てくる。

 煩悩からのがれられるのは、盤上に遊ぶ時だけなのか、と思う今日この頃である。





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